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2014年3月18日 (火)

長谷川和彦が選ぶ、世界の映画監督ベスト3

今、庭の倉庫で埃をかぶっていた古い本、1977年刊の朝日新聞社『グラフ外国映画史 世界の名監督100人』を発掘してきた。

この本は4年くらい前に高円寺の古本屋「アニマル洋子」で買ったものだ。

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(※アニマル洋子)

で、ずっと読まずにほったらかしてた。ごめん本。

それで今になって読んでるけど面白い本だった。

この本では「監督の選んだ世界の監督べスト3」という企画を特集していて、

そこで6人の日本人映画監督がそれぞれ好きな監督を3人ずつ挙げている。

で、その6人の監督というのが結構豪華。

長谷川和彦鈴木清順増村保造熊井啓羽仁進篠田正浩の6人。

1人1ページずつインタビュー形式で好きな映画監督について語っていて、結構読み応えがある。

せっかくなのでこのブログで6人分全文紹介していく。

まず今回の記事では長谷川和彦のインタビューを全文掲載する。

長谷川和彦は、『青春の殺人者』(1976)、『太陽を盗んだ男』(1979)という2本を世に送り出した後、

映画監督として映画を撮るのをほとんど辞めてしまったわけだが、

このインタビューが行われた1977年は、2つの作品が公開される合間の時期だ。

当時長谷川はまだ31歳で、この前年には、『青春の殺人者』で映画監督デビューし、

キネマ旬報ベスト・ワンに選ばれるなど多くの映画賞を独占している。

掲載するにあたって、ときどきお世話になっている長谷川和彦について詳しいサイトにすでに載っていれば
リンクをした上でコピペさせてもらおうかと思ったが悲しいことになかったので、
全文手打ちすることにした。

↓ 以下インタビュー記事 ↓

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■見世物とアンチヒーロー

---まずお好きな監督は?

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(※ドナルド・クリスプとキートンの共同監督による『海底王キートン』1924年)

キートンは第一にあげたい。キートンのどこがいいかは、チャップリンと比較するとわかりやすい。

つまり、チャップリンの笑いの質というのは安全なのであり、彼の笑いのベースにあるのはヒューマニズムなんですよ。
そのため、時としては説教くさくなる。

でもキートンは、もっと飛んでいる感じがするのね。
言ってしまえば、彼の笑いはアナーキーでしょう。

つまり、チャップリンは本質的にインサイダーの部分を強く持っているが、キートンのほうは奇形児的存在だと思う・・・・・・いっさい笑わないというのは、泣かせるよね、孤独な感じだし。

あの時代にあれだけばかなことを考えて、それを映画にしてしまった、そこに映画の原点、見世物としての映画の原点があったのではないか。
それをキートンは本能的につかんでいたという気がする。

見世物であるということは、映画にとって非常に大事なことで、つまり僕の好きな映画というのは、やっぱり日記じゃなくて、サーカスみたいなものなんだと思う。

映画が日記のようなものだったら、これは他人に見せる必要はないし、何をやってもいいんだが、金をとって見せる以上、観客との共通の快楽原則のようなものが必要だと思うのね。

それはサービスとか観客に合わせるということではなく、結果として合ってしまうということで、その快楽原則を本能的につかんでいるということが、商業映画の監督に必要な資質ではないのかな。

そういう意味で、キートンはいい。ばからしく面白いものを作ることに、本人が夢中になっているところが・・・・・・。

つまり、観客を啓蒙しようとか、自分の意図する何かを与えようとかいうのは好きじゃない。

それは誰にも多少はあるのだろうけど、そういう、人に何かを与えようということの傲慢さについて知っている人間、そういう精神自体が恥ずかしいということを知っている作家が好きなんだな。

要は、作ってるやつが楽しくて、面白くて、頑張っていて、結果としてそれが観客をも面白がらせれば、それでいいんだと思う。

たとえばサーカスを見てどんな影響を受けたか頭をかかえるなどということがばからしいように、映画も本質的にはそういう見世物だと思う。

もちろん、サーカスと同じ次元だけでとらえるのは難しいが、楽しむということはすごく幅広いことだし、ぼくらが映画を見始めたのも、結局、十円玉を握りしめてわくわくしながら場末の三本立ての映画館に行く、その“わくわく”がよかったので、それを与えてくれる作家が好きだし、自分もそうありたいと思う。

---映画を作ろうと思うようになってから意識した監督というのはいますか?

トニー・リチャードスンの『長距離ランナーの孤独』とか、『蜜の味』などいわゆる“怒れる若者たち”の作品は、やっぱりショッキングだった。

あれを見た時は、こういうネタでも映画が作れるのなら、僕にもやれることがあるなと思った。

アンチ=ヒーローというのはもうパターン化しちゃったけれど、『長距離ランナーの孤独』などはそのはしりじゃないかな。

だいたい、自分がどっちかっていうとダメものだと思ってるから、あんまりカッコいいのや、『スティング』みたいに洒落たものよりは、ダメなやつの話が好きなんだな。

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(※『タクシー・ドライバー』1975年)

それは監督でも同じで、昔から好きなのは『突然炎のごとく』のフランソワ・トリュフォー、新しいところでは『タクシー・ドライバー』のマーティン・スコシーズ、『ゴッドファーザー』のフランシス・フォード・コッポラなんかだな。

どうしてこの三人かというと、要はみんな奇形児なんですよ。

つまり、ネクタイしめて会社へ行くようなノーマルな社会人にはなれないようなダメなやつばっかりだと思う

西洋人としてはなりも小さく・・・・・・、そういうダメな人間としての思いとかが共通しているのじゃないかな。

僕は、今でこそ体も大きいし、喧嘩も強いということになっているけど、昔はチビで悩んだことがあるわけで、もう十センチ背が高ければ世界は変わる、なんて思っていた。

そういうことを本気で思ったことのある人の作品がいいな。

だから、それを思わずしてずっときてしまったような人間の作ったものは、つまらないし、かといってそのウジウジだけで内攻しているのも、みじめったらしくていやだね。

要するに、そのコンプレックスみたいなものを表現の衝動というか、開き直りの力に転化している人間が好きなんだ。

それとコッポラやスコシーズが好きなのは、これからどう変わるかわからないような、まだ動いているところが、同世代としても興味がある。

それに、なんといっても彼らは、新しい世代なんですよ。つまり、監督のなり方にしても、いわゆる助監督を何年かやっていてというのではなく、自分でプライベートなフィルムを作っていたり、シナリオを書いていたり、編集屋あがりだったり・・・・・・。

だけど彼らが偉いのは、それがディレッタントに終わっていないということね。
稼ぎもすごいしね。

日本でもそろそろ、そういう行き方が出てくるんじゃないかな。
いま本気で自分の、自分たちの映画をやってるのは、自主映画などを作っている連中しかいないんじゃない?

8ミリなんて、もう普通でしょ。ぼくらのころは8ミリ撮るなんて思いもつかなかったよ。

まあ『網走番外地』のスチールをみて映画を志した人間だから、素人的なのやディレッタントはいやだったということがあるけどね。

大学の映研なども、最近はわりと楽しむということを知っているみたいだし、そこらへんから新しい人たちがワッと層になって出てくるんじゃないかな。

そのためにも、自分を含めて、もうちょっと何かをすることが必要だということは痛感してますけれど・・・・・・。(談)

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↑インタビュー記事ここまで↑

※原文ではほとんど改行がなく読みにくかったので、PCやスマホでも読みやすいよう適当な場所で改行をしている。それ以外は漢字や人名表記も含め原文に忠実。

この記事で長谷川和彦は好きな監督、影響を受けた監督を5人挙げている。

①バスター・キートン
②トニー・リチャードソン
③フランソワ・トリュフォー
④マーティン・スコセッシ
⑤フランシス・フォード・コッポラ

今、本人に同じ質問をしたらどの監督の名前を挙げるか、どんなインタビューになるのか、1977年から考え方がどう変わったか、興味がある。

世界の名監督100人―グラフ外国映画史 (1977年) 世界の名監督100人―グラフ外国映画史 (1977年)


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